最高裁判所第一小法廷 平成5年(あ)994号 決定 1997年4月23日
本籍・住居
名古屋市昭和区高峯町一四三番地の九
会社役員
小林正雄
昭和三年三月一〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成五年一〇月二五日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人豊島時夫、同山路正雄の上告趣意のうち、憲法一四条一項違反をいう点は、所得税法五六条は、納税義務者の所得の金額の計算に関して、必要経費の特例を定めた規定であって、納税義務者の妻を何ら不利益に取り扱うものではないから、所論は前提を欠き、判例違反をいう点は、所論引用の当裁判所及び高等裁判所の各判例は、いずれも本件とは事案を異にして適切でなく、引用の地方裁判所の判決は刑訴法四〇五条三号にいう判例には当たらず、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、同法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
平成五年(あ)第九九四号
上告趣意書
所得税違反 被告人 小林正雄
右被告にかかる頭書被告事件についての弁護人の上告趣意書は左記のとおりであります。
平成六年一月六日
右被告人弁護人
(主任)弁護士 豊島時夫
弁護士 山路正雄
最高裁判所第一小法廷
御中
第一 はじめに
原判決は、原審における弁護人の主張を全て排斥し、一審判決を全面的に支持しているが、弁護人は一審判決中の不当な点について、事実関係を指摘し、その事実関係における判例を引用して、その不当、違法の理由を説明しているのであるから、弁護人の主張を排斥するに当たり、特に最高裁判所の判決等先例となっている判例と異なる判断をする場合は、判例と異なる判断をする理由について国民を納得させるに足りる然るべき判断、判示をすべきにもかかわらず、事実関係及び判例についてまともにこれを検討した形跡はなく、いわゆる木で鼻をくくったような、単に控訴棄却のための最小限度の判決に終っている。
いかに、裁判所の権限が大なりとは言え、原判決の判示の程度は刑事訴訟法三三五条二項の規定及びその精神に反するものであり、その内容は或は憲法に違反し、或は最高裁判所等の判例と相反する判断をしているのであって、かような国民を見下だし、憲法や判例を堂々と無視した判決を放置することは、国民の裁判不信を招くものである。
以下、その理由を説明する。
第二 原判決には、本件事犯につき刑法六条を適用すべきであったのに、これを適用しなかった点、及び未収利息を計算しなかった点並びに貸倒損失の計上時期を誤った点について、刑事訴訟法第四〇五条第二、第三各号に該当する、判例と相反する判断をした違法があるほか、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある。
一 刑法六条を適用しなかった違法について
1 原判決は本件事犯につき刑法六条を適用すべきである旨の弁護人の主張に対し、原判決一項において次のとおり判示した。
『そこで、原審記録を調査して検討すると、たしかに、本件各犯行時と原判決時との間において基礎控除、税率等に関する所得税法の改正があり、原判決は、明示してはいないものの、所論のいう裁判時の軽い刑ではなく、行為当時の重い刑を適用したものと解されることは、所論指摘のとおりである。しかし、本件は昭和五七年分ないし五九年分の所得税を免れた事犯であって、所論の指摘する税法の改正を定めた昭和六三年法律第一〇九号附則二条に「なお従前の例による」と明示された「昭和六三年分以前の所得税」についてのものである。右附則の規定によって、本件についてはそもそも税率等の改正が及ばず、従って刑の変更の問題を生じないのであって、このことは罰則についての経過規定の有無に関わらないことは勿論である。』
2 原判決の違法について
原判決の違法な理由は次のとおりである。
(一) 本件各犯行後に刑の変更があった。
(1) 本件各事犯はいずれも昭和五七年分ないし同五九年分の確定申告時か、遅くとも確定申告期限に犯罪が成立するとともに完了している。
(2) 右犯罪完了後であることの明らかな昭和六三年一二月三〇日付け同年法律一〇九号(以下「法一〇九号」という)第一条により
<1> 所得税法八六条一項の基礎控除の金額が増額され、ひいて課税所得金額が減少し、
<2> 同法八九条一項の税率表が改正されて、原判決認定の被告人の実際所得の場合は著しく所得税額が減少し、
<3> 右各改正規定は同法附則二条の規定により、同六四年分以降の所得税について適用されることとなった。
(3) 原判決認定(一審判決と同額)の実際所得金額が仮に存在するとして、法一〇九号による改正規定を適用して算出した確定申告により納付すべき所得税額(同税額については確定申告書に記載されている、申告当時の高率の税率を適用した金額とすべきか、法一〇九号により改正後の税率を適用した税額とすべきかについては論議の分かれるところであるが、重要ではないので、ここでは一応、実際の申告額よりも低い改正税率を適用した金額を計上する)及び、ほ脱税額は別紙1ないし3のとおりであり(一審判決認定のほ脱税額との比照の便宜のため同判決書添付の別紙二、四、六の「脱税額計算書」「税額の計算」と標題のある書面と同形式を用いた)、法一〇九号の右(2)の改正規定を本件事犯に適用した場合にはほ脱税額が著しく減少することは明らかである。
(4) 所得税のほ脱税額は、所得税法二三八条二項の規定により罰金の上限となる旨規定され、罰金額算定の基礎となるものであるから、税額の改正も刑の変更にあたることは確立した判例、学説である。
(5) 原判決も右(1)ないし(4)についてはこれを認めていることが右判文上明らかである。
(二) 原判決引用の法一〇九号附則二条の規定は刑法六条の適用を妨げる理由になり得ない。
(1) 刑の変更を伴う法律改正があっても、例えば「従来の行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による」など、いわゆる罰則に関する経過規定があるときは、罰則規定については何等変更がないものと解すべきことは、判例、通説とも確定しているところである。
参考判例
<1> 最高裁判所昭和三二年一一月二七日判決(集一一巻一二号三一一三頁)は「刑法六条は犯罪後の法律により刑の変更がなされた場合に適用のある規定であって、本件の如く右地方税法一五一条三項の如き規定を設け、特に、従前の行為に関する罰則の適用については、なお、従前の例によるものとした場合には、従前の行為に関する限り刑罰規定については何等の変更を見ないのであるから、刑法六条はその適用の余地がないものといわなければならない」旨判示している。
<2> 大阪高等裁判所昭和二五年三月一八日判決(高裁刑特報一〇号四八頁)は『刑法第六条は一般的に犯罪後の法律によって刑の変更のあったときは軽きものを適用すべき旨命じており右税率が課税標準額の百分の五十から百分の三十に引き下げられた以上、一応右法条にいわゆる刑の変更のあった場合ともいえる筋合があるが右改正法附則第二項には「この法律施行前に課した若くは課すべきであった物品税についてはなお従前の例による」旨の規定があり、また同第二十一項においては「この法律による他の法律の改正前になしたる行為に関する罰則の適用についてはなお従前の例による」と規定している結果、前記刑法第六条の規定は自らその適用の余地なきに至ったものと解するのが相当である』旨判示している。
参考学説
注釈刑法総則(1)三三頁に同旨の記載がある。
(2) 法一〇九号には基礎控除に関する所得税法八六条一項、税率に関する同法八九条一項の税率表の改正が規定され、右規定は、いずれも従来の税法より税額減少を生ずる規定であるが、右改正に伴う、いわゆる罰則についての経過規定がない。
(3)<1> 法一〇九号附則二条には、所得税についての経過規定があり、「第一条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という)の規定は、昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」旨規定されている。
右規定は、行為に対するものではなく、あくまで所得税についての規定であって、これにより本件事犯の対象年度分の所得税そのものの金額は、各当時の税率等が適用される。
<2> 一方、法一〇九号により改正された税率等を適用される同法改正年分後の脱税事犯については、当然右改正後の罰則が適用されるから、裁判所は、法一〇九号による改正後の税率等を適用して算出された所得税額に基づく、ほ脱税額を罰金額の上限とする罰則を適用するとともに、罰則の適用上は改正後のほ脱税額をほ脱税額として自由刑についても量刑すべきものである。
<3> ところで、法一〇九号中、税率等の改正を含む所得税の改正により、所得税ほ脱額、ひいて罰則の上限金額が減少した上、いわゆる罰則の経過規定は全く置かれていないから、刑法六条にいう「犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるとき」に該当するので、原判決は新旧両法を比照し、軽い法一〇九号による改正後の税額による罰則を適用すべき義務があった。
参考判例
ア 法改正があっても改正前の罰則を適用するためには罰則についての経過規定を要するとするもの
○ 前記最高裁判所昭和三二年一一月二七日判決
○ 前記大阪高等裁判所昭和二五年三月一八日判決
イ 法定刑に変更ありたるときは新旧両法を比照すべきものとするもの
○ 最高裁判所昭和二四年一〇月一日判決(刑集三巻一〇号一六二九頁)
「罰金額につき変更があったので刑法六条に従い軽い行為時当時のものによる」とする判旨
○ 最高裁判所昭和二五年三月三一日判決(刑集四巻三号四六二頁)
「犯罪後罰金等臨時措置法によって法定刑が変更せられたときは、新旧両方の刑を比照すべきである」とする判旨
○ 最高裁判所昭和二六年七月二〇日判決(刑集五巻八号一六〇四頁)
「犯罪後の法律により刑の変更があったのに、新旧両法につき刑の比照をせず、重いものを適用処断した判決は、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない」とする判旨
(三) 従来他の法律はもとより、税法においても、間接税については税額すなわち法定刑の変更を伴う改正があったときは、罰則の経過規定もおくことが忠実に守られてきた。法一〇九号においても同様である。直接税については、従来の附則の規定を見ると、おおむね、直接的な罰則の変更があったときは、罰則についての経過規定を必ずおいている(直接的な罰則の変更のないと思われるときにも罰則について経過規定のあるものや、本件には関係ないが、いささか意味が理解しかねる経過規定もある)。要するに、罰則に変更があったときは直接税においても、所得税についての経過規定のほかに、罰則についての経過規定をおいていたことは明らかである。
法一〇九号に罰則についての経過規定がないことは、税率の低下等の改正により、脱税額、ひいて罰金の上限が軽減されることが、罰則についての変更に当たるから、同法施行後の裁判においては、同法により軽減された税額によりほ脱所得額を計算し、これに基づく罰則を適用する趣旨の立法と解するほかない。罪刑法定主義の大原則は憲法の定めるところであり、この原則を恣意的に解釈によって破ることはできない。
(四) 国税当局や検察官は、法一〇九号に所得税法についての罰則の経過規定がないことを指摘されるや、同号による改正があっても、同法附則二条の規定によって、昭和六三年分以前の所得税については、従前の例による、とされているから、同年以前の所得税はその当時の税法により計算された税額に基づくほ脱税額が罰金刑の上限となるので差支えない旨弁解し、裁判所もたやすくこれに同調するものがあるが、右は前記各判例にも違反するのはもとより、右附則二条があって、罰則についての経過規定がないからこそ、刑法六条の問題が生ずることを看過したものである。
すなわち、右附則二条があるので、同六三年以前の所得税については、各当時の税法による所得税額となり、法一〇九号の改正による同六四年以後の所得税額よりも高額となるのであって、ひいて、罰金額に変更を生じたのである。
したがって、改正前の罰則を適用するためには、右附則二条のほかに罰則についての経過規定が必要となるのである。
(五) このことは、大審院昭和七年四月一日判決とも矛盾するものではない。
右判決は「改正法施行前に消費税を課すべき織物等については、従前の例による」旨の附則があった場合に関するもので、消費税だけでなく、右織物等についてのすべての規定(罰則を含む)についての経過規定があった場合に関するものである。
(六) 以上のとおりであるから、原判決の右判示は、刑法六条の適用につき法令の解釈適用を誤り、法一〇九号により、基礎控除、税率につき規定が改正され、犯罪後の法律により刑の変更があったのに、その比照をして、軽い改正後の法律を適用しなかった点において標記の違法があるから、取消しを免れない。
二 未収利息を計算しなかった違法について
1 原判決は、弁護人が本件各年分の未収利息が年初(期首)よりも年末(期末の)方が少ない蓋然性があるので、期首、期末の未収利息を計算して現金利息収入金額に加算(期末分)及び減算(期首分)しなければ、脱漏所得につき被告人に不利益な事実認定となるから、被告人に不利益な事実認定をしてはならない刑事裁判の鉄則上、未収利息はこれを計算して各年分の真実の収入利息金額を算定すべきである旨、証拠を示して論議したのにかかわらず、労を惜しみ、一面において被告人の脱漏所得金額が減少するのを嫌ってか、徒らに根拠もなく、また関係もない事実をあたかも正当な根拠があるのかように摘示して弁護人のこの点に関する主張を排斥した。
原判決のこの点に関する判示も前記一同様判例の判断に反し、著しく正義に反し、判決に影響を及ぼす法令違反がある。
2 原判決はこの点に関し、次のとおり述べている。
「本件では、いわゆるサラ金業を営んでいた被告人が各年度とも正確な記帳をしていなかったばかりか、返済金明細カード、現金出納帳など会計記録の多くを本件の調査をうける前に廃棄しているため、これらの資料に基づいて未収利息の金額を算定することは不可能であり、それどころか実際の利息収入額についても残存証拠の範囲内で把握せざるを得ず、そのことは特に昭和五八年分について顕著である。
ここにおいて、原判決は、権利発生主義に則って各年度の総利息所得額を認定するにあたり、現金利息収入については残った記録や供述証拠の示す範囲内で具体的金額を認定した上、問題の未収利息関係については、状況証拠ないし間接的証拠に依拠して、それが真実はいかなる額であれ、ここに算入しても各年度の総利息所得額を減少させる結果にはならないとの事実を推認し、以上を総合して現金利息収入額の限度で各年度の総利息所得額を把握するにとどめたものである。
右は結局のところ、刑事裁判の一般原則に従い、証拠上確かな範囲内で総利息所得額を認定したということに帰着する。このような場合、実体的真実との乖離が生じるのはやむを得ないところであって、実体的に真実な総利息所得額、ひいてはほ脱税額が確定されない以上無罪だとすることはできない。
問題は、本件で未収利息を算入しても総利息所得額は減少しないとする推認の当否であるが、原判決の補足説明のとおり、昭和五七年から五九年までの現金利息収入額、貸倒額はいずれも年々増加している。しかも、被告人はこの間に新規店舗を開設して事業規模を拡大しているが、新規店舗の現金利息収入は年々飛躍的に増加し、被告人の収入全体に占める割合も高くなっている。これらの客観的状況にかんがみれば、昭和五七年から五九年までの各年度末の貸金債権残高は逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものと推認されるものであり、これに伴って未収利息額も逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものとみることができる。そうすると、前年末と当該年末における未収利息額を算入しても、各年の総利息所得額は現金利息収入によって計算した総利息収入額よりも減少しないものと合理的に推認することができるのであって、原判決の推認は経験則に照らして相当というべきである。
二十数店を数えた被告人の事業所のうちの僅か二か所たけで、それも廃棄を免れて残存する資料によって昭和五九年末の未収利息額が五八年末のそれを下回る計算がなされたとしても、右の推認は妨げられない。右のとおりであるから、原判決には所論のような事実誤認や審理不尽の点はなく、所論は採用できない。
3 右判示中重要な誤りは、おおむね
(一) 弁護人は「ほ脱税額が確定されない以上無罪である」旨主張しているのは不当である。
(二) 未収利息を算入しても総利息収入(所得ではない)額は減少しないとする推認は次の理由で正しい。
(1) 昭和五七年から同五九年までの現金利息収入額、貸倒額はいずれも年々増加している。
(2) 被告人はこの間に新規店舗を開設して事業規模を拡大している。
(3) 新規店舗の現金利息収入は年々飛躍的に増加し、被告人の収入全体に占める割合も高くなっている。
(4) 昭和五七年末から同五九年末までの各年末の貸付金債権残高は逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものと推認されるから、これに伴って未収利息額も逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものと見ることができる。
(5) そうすると、未収利息額を算入しても、各年分の総利息収入(所得ではない)は現金利息収入額より減少しないものと合理的に推認できる。
(6) 二十数店の被告人の事業所のうちの僅か二か所だけの廃棄を免れて残存する資料によって、昭和五九年末の未収利息額が五八年末のそれを下回る計算がなされたとしても右推認は妨げられない。
ということに集約できよう。
4 以下原判決の右判示の不当な理由を説明する。
(一) ほ脱税額が確定されない以上無罪であることは当然である。
昭和三八年一二月一二日最高裁判決(税務訴訟資料四九号九五頁)も「脱税事犯については、各公訴事実ごとに、真実のほ脱税額を計算してその金額を確定する必要がある」旨判示している。
弁護人が主張しているのは、実体法上の実際の所得金額が確定されなければならないと言うものではない。訴訟法上証拠によって実際の所得金額と合理的に確認できる金額を確定することが必要であると主張しているのであり、右最高裁判所の判決も同旨と信ずる。
当然のことながら、これは刑事訴訟法上事実認定の原則の一つである。
弁護人は、訴訟法上の証拠によって、各期末の未収利息は、各期末の貸付金残高や各期の現金収入利息金額と比例するものではない。比例する傾向があっても、その比例率は大いに異なることが多く、本件においては、各期末の未収利息は漸減傾向にあることを立証した。少なくとも一審判決や原判決の認定している未収利息の漸増は認められないことを、計算できる二店舗によって訴訟法上証明したのである。
このような立証が弁護人によってなされた以上、実体法上はもとより、訴訟法上の各年分の実際利息収入金額も確定できていないこととなるのである。したがって、弁護人が無罪を主張するのは当然のことである。
(二) 未収利息を算入しても総利息収入額は減少しないとする推認は前記3(二)(1)ないし(6)記載の理由で正しいとする原判決は、具体的な数字を避け、口先だけで真理を回避しようとするもので、到底容認できるものではない。
(1) 前記3(二)の(1)ないし(3)については特に相互に関連するので一括して反論する。
後述の有限会社恭栄クレジットにかかる脱税事犯の被告人は被告人と同様いわゆるサラ金業者であり、貸付債権残高は毎年相当の高率で増加している事犯であって、本件被告人の場合よりもその増加率は高い。また、資料が完備していたので、毎期の未収利息額を実際に計算した貴重な事例であり、その結果のデーターもこれまた実証によって得られた貴重なものである。
以下これに基づいて述べる。
<1> 本件一審において取調べた別件被告人金勝弘にかかる所得税法違反事件の控訴審(大阪高等裁判所)で立会検察官(大井恭二検事)が提出した昭和五九年九月一八日付答弁書では、有限会社恭栄クレジットの法人税法違反事件につき実際の数字に基づき算定された未収利息と貸付債権残高との対比について、つぎのような関係にある旨説明している。
<省略>
<2> そこで、実際に未収利息の金額を完備した資料に基づき計算した貴重なデーターである前記(1)の恭栄クレジットの計算結果を資料として貸付債権残高の増加率と未収利息の増加率を対比すると次のとおりとなる。(小数点二位まで、三位以下四捨五入)
昭五二、七期 一六六・二 一〇三 六二・〇〇
同五三、七期 三四三・二 二一三・二 六二・一二
同五四、七期 二五五・〇 二七九・五 七八・七三
<3> 右の数字は、たまたま恭栄クレジットというサラ金業者だけの、ごく限られた年度の数字を対象としたものであるが、右のとおり、貸付債権残高が増加しても、未収利息は貸付債権残高の増加率の六二パーセントしか増加しない場合もあり、七八・七三パーセント増加する場合もあるが、増加率がこれより低い場合があることを否定できる科学的根拠はない。
いずれにしても査察事件で、完全に保存されていた資料により、未収利息金額を査察官が厳密に計算した結果によると、貸付債権残高の増加率よりも未収利息の増加率が極めて低いことが実証的に証明されているのである。このことは、ある年度末の貸付金残高とその年度中の現金利息収入が特段の事情のない限りほぼ比例するという当然の関係から、貸付金残高と同様、ある年度の現金利息収入が前年度より相当高い比率で増加していてもその年度末の未収利息金額は前年度末の未収利息金額よりも少ない蓋然性が高いという事実も実証的に立証されたのであって、この実証的証明を無視することは許されない。
<4> 本件事案では、現金利息収入は、一審判決によると
昭五七年分 一五億六三一七万二三三〇円
同五八年分 一五億九七五八万三九二二円
同五九年分 一八億七九九二万二六三一円
であるとのことであるから、
これによって、それぞれの対前年比、増加率を見ると、
同五八年分は 一〇二・二〇% 二・二%増
同五九年分は 一一七・六七% 一七・六七%増
にすぎない。
<5> したがって、これを前記<2>の貸付債権増加率と未収利息増加率を対比した/のうち六二%を適用すると、昭和五八年の現金利息収入は前年比一〇二・二〇%であるから、これに六二%を乗ずると、同五七年末の未収利息と比較した同五八年末の未収利息の割合が算出される。
即ち一〇二・二一%に〇・六二を乗じた六三・三六%となり、したがって、同五八年末未収利息は同五七年末の未収利息の六三・三六%しかなく、同五八年末の未収利息は期首よりも期末の方が減少していることになる。
<6> 同様方法で同五九年分の未収利息の期首と期末の金額割合を計算すると次のとおりとなる。
<7> ところで、原審は、被告人の昭和五八年分の現金利息収入金額は証拠との関係で実際の収入金額より少ない金額しか把握できていない可能性がある旨述べ(一審判決はこれを更に詳述している)ているので、その点を考慮し、もし、そのようなことがあったとしても、同五七年末から同五九年末の三年分において未収利息金額が、増加しているか、減少しているかを前記実証済みの増減比率によって検証してみることとする。
一審判決によれば、現金利息収入金額は
同五七年分が 一五億六三一七万二三三〇円
同五九年分が 一八億七九九二万二六三一円
と認定されているから、同五九年分の現金利息収入金額が同五七年分のそれより増加している割合は一二〇・二六パーセントである。
よって、その増加割合に、前記貸付債権増加率(現金収入金額増加率)と未収利息増加率を対比した際の最低比率六二パーセントと最高比率七八・七三パーセントを乗じると、本件未収利息額が、同五七年末と同五九年末でどの範囲で変化しているかが判明することになるので、その計算をすると、
六二パーセントの場合は、
一二〇・二六パーセントに〇・六二を乗じた「七四・五六パーセント」となり
七八・七三パーセントの場合は
一二〇・二六パーセントに〇・七八七三を乗じた「九四・六八パーセント」となる。
したがって、前記のとおり実証的証拠によって判明している比率を適用した結果は、本件の場合昭和五九年分の未収利息額は、同五七年分の未収利息額の七四・五六パーセントないし九四・六八パーセントしかないことになるのである。
右数値は、我国の査察事件で唯一、完全な資料に基づき計算された貸付債権増加率と未収利息増加率を対比した比率に基づいたものであるから、絶対的なものとは言えないが、これに反する証拠がない以上、正確性につき相当高度の信用性を有するものと見なければならない。
<8> 前記<1><2>記載の実例のとおり、約定貸付金残高と未収利息金額とは、その増減比率が比例しないのである。
比例しない理由は、弁護人の一審冒頭陳述でも簡単に触れているし、検察官請求の大阪高裁判決の理由中にも若干触れているように、約定貸付金の残高は、利息制限法に関係なく、貸借当事者間の契約にしたがって元金の返済及び残高が計算されるのに対し、未収利息は最高裁判所の判決により、支払利息中利息制限法を超過する部分は元本の返済に逐次充当され、しかも期末の未収利息は、法律上残る元本に対し利息制限法所定の利率により計算された金額であるから、約定利息を長期間支払っている債務者の未収利息は、約定貸付金残高がいくら多額でも零となることは珍しいことではない。
したがって、未収利息は、約定貸付金残高や現金収入利息と比例するものではなく、実際に計算してみないことには不明なのであり、かつ、約定貸付金残高の増加率や、それにほぼ比例する現金収入利息の増加率よりも未収利息の増加率が低いのが当然なのである。
これを具体的数字によって説明する。
別紙4、別紙一覧表(1)は一〇万円を、ある年の四月一日に、期限二か年、利息は日歩二五銭で、貸付の翌月から一か月ごとに毎月支払いを受ける約束で貸付け、その利息を六回、一二回、一八回(計算が複雑となるので連続して受取ったものとする)受取った場合の、法定利率により計算した貸金元本残高である(これが最高裁判例により確定している、その後の未収利息計算の基礎となる貸金元本である)。
この例の場合は、一五回にわたって約定利息を受取れば、法定利率で計算すると、貸金元本はなく、反って、一、七七八円の過払いを受けていることとなり、借主から請求されれば、右金額を返還しなければならないことになる(月により日数が異なるので、貸付けた月を何時にするかによって利息、残元金は僅かながら変化する)。
別紙5、同一覧表(2)は、右と同様の貸付方法(貸付月日は計算の必要上異なる)により貸付けたが、年末までに何か月間か利息の支払いがなく、したがって未収利息の計算が必要となった場合について、若干のケースを想定して、未収利息がいくらになるか計算したものである。
その一つは、年末二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおりそれまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は一、八六〇円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は六一三円に過ぎない。前記のとおり一五回以上利息の支払いを受けている場合は貸金元本がないので未収利息はない。
その二は、年末六か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを二回しか受けていないときの未収利息七、九一一円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は一、八三九円に過ぎない。
その三は、年末一二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は一万一一三五円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は三、六六九円に過ぎない。
このように、帳簿上貸金残高が一〇万円と表示されていても、その未収利息は、それまで入金した約定利息の金額、利息が滞ってからの月数(正確には更に約定利息の支払いが途中で滞った場合の計算もしなければならない)によって大きく変わるのである。
したがって、未収利息がいくらであるかは実際に顧客ごとの未収利息の計算をしてみないことには分からず、かつ、通常の顧客は何か月分かの約定利息を支払っているから、法律上の未収利息は顧客が約定利息を支払うごとにどんどん減額するので約定利息よりもどんどん少なくなるから未収利息の増加率は約定貸付金残高や現金収入利息の増加率よりも低いのが当然なのである。
右数字によって推認できることは、新規店舗でも、現金利息収入が極めて順調に増加しているところでは、顧客のほとんどが約定利息を約定どおり支払っているからであるので、未収利息はないか、約定未収利息があっても僅かであるか、約定利息が僅かでないときでも法定元本は著しく減少しているので法定未収利息は少なくなっていること(後記岩倉店はその好例である)、あるいはサラ金業経営が長くなればなるほど、長期間約定利息を支払っている顧客が増加し、約定貸付金残高や、現金収入利息が増加しても、利息制限法適用による法律上の貸金残高や未収利息は著しく減少することである。
<9> 前記大阪高裁判決が、弁護人の未収利息計算必要説を退けた理由には多大の不当な理由が存するが、それでも、当該事犯では貸金債権残高が、昭和五三年から同五五年まで年々増加し、同五三年末は対前年比三五・七%の増加、同五四年末は同五九・五%の増加、同五五年末は同五七・九%の増加と著しい増加率を示している事実があり、本件のように増加率の極めて低い事犯とは同一に論じられないところがあることに特に留意すべきである。
<10> したがって、原判決が未収利息金額が逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることがないと認定する理由とした
現金利息収入額、貸倒額が年々増加している
とか、
被告人は新規店舗を開設して事業規模を拡大し、新規店舗の現金利息収入は年々飛躍的に増加し、収入全体に占める割合が高くなっている
とか
は、仮にそれが事実であっても、未収利息が逐年増加しているとか、少なくとも減少しているとは到底言えないのである。
まして、現金利息収入額の増加率は引用の他のサラ金業者よりも低く、新規店舗の現金利息収入が被告人の貸金利息収入に占める割合が高くなっているという具体的実証もなく、仮にあったとしても前記<8>後段で述べているとおり、約定利息の支払いが多ければ多いほど未収利息は減少するのであるから、原判決の判示の誤りは明らかである。
<11> 前記のとおり、昭和五九年末の未収利息金額は同五七年末の未収利息金額よりも減少している蓋然性が極めて高いから、原判決が前記3の(4)(5)において述べているような「未収利息を算入しても各年分の総利息収入は現金利息収入額より減少しないものと合理的に推認できる」とは到底言えず、逆に未収利息を算入すると、総利息収入額は現金利息収入額よりも減少する高度の蓋然性がある。
(なお、貸倒額の増加は未収利息に何の関係もない)
<12> 次に、原判決は、一審判決でも原判決同様未収利息はいずれも前年を下回ることはない旨認定したのに対し、弁護人が資料の関係上未収利息の計算ができる岩倉店と栄店の二店舗の昭和五八年末と同五九年末の未収利息を計算した結果、左記のとおり岩倉店は、七八・五パーセントに減少し、栄店は七三・八パーセントに減少した事実を立証したのに対し、僅か二店だけの、廃棄を免れて残存する資料によってそれが立証されても、原判決の前記推認は妨げられない旨判示した。
弁護人は、本来未収利息が本件事犯対象年分中、前年より減少する事実を立証する義務はない。
検察官が、未収利息はいずれの年分においても少なくとも前年より減少しないことを立証する義務があるのであるから、弁護人としては、検察官の主張立証なり一審判決の同様認定の合理性に疑いがあることを証明すれば足りるのである。
弁護人が二店舗を抽出し計算した結果は、弁護人の従前の主張どおり、いずれも前年より未収利息が減少している事実を立証したのであるから、検察官の主張、立証、一審判決の認定に合理性がないことを立証したのである。
廃棄を免れた資料によって計算された点を原判決は指摘するが、廃棄を免れた資料によって計算したことによって未収利息の増減にどのような影響を与えるのかについて原判決はどのように理解したのか明らかでないが、この点を指摘して弁護人の主張を排斥する以上、未収利息額が昭和五九年末より同五八年末の方が不当に多く計上されている可能性があると判断したと解するほかはない。
ところが、その判断は誤っている。
なぜならば、廃棄された資料というのは、この場合顧客カードであるが、廃棄するのは古い順に貸付、回収が終ったものから行うものであるから、同五八年末に貸付があり、したがって未収利息のあった顧客が同五九年中に完済したため、顧客カードが廃棄され、したがって同五八年末にあった未収利息が計上できない可能性は大いにある。一方、同五九年末まで貸付金の回収の終っていないものは全部残っている筈であるから、同年末まで貸付の残っていた顧客カードが一番多く残り、したがってその未収利息額はこれを計算の対象となっているからで、資料の廃棄は同五八年末の未収利息額を実際額より少なく計算させることになり、したがって廃棄された資料が残っていれば、未収利息の減少率は更に高くなるのである。
岩倉店(昭和五七年九月開店)
年分 現金収入金額 約定貸付元本残高 未収利息(年末)
昭和五八年 一六、六六九、九二八円 四七、二五二、〇〇〇円 三一四、五九七円
昭和五九年 四二、八六六、七五〇円 五一、〇二八、〇〇〇円 二四六、八五九円
増減比率 二五七パーセント 一〇七・九九パーセント 七八・五パーセント
栄店(昭和四七年一月開店)
年分 現金収入金額 約定貸付元本残高 未収利息(年末)
昭和五八年 一五九、〇三二、六九七円 三二七、六六九、〇〇〇円 一、五六五、九二二円
昭和五九年 一六六、一九六、九四七円 二八〇、一二一、〇〇〇円 一、一五六、〇六三円
増減比率 一〇五パーセント 八五・五パーセント 七三・八パーセント
(百の推理は一の実験、一の事実に劣る
原審は、収入利息、特に昭和五七年以降新設の店舗の収入が逐年増加している事実や、貸付債権(約定分と思われる)残高自体は前年を下回ることはないと思われるなどの推理、推論により、前記のとおり、各年分の期首よりも期末の未収利息が増加していると認定した根拠とした。
しかし、現実に計算した結果は、右のとおりで原審の推理、推論は右二店舗についての実証結果を無視するもので許される裁判ではない。)
5 以上の次第であるから、原判決の未収利息に関する判断は刑事事件の事実認定の大原則にも反することが明らかである。
三 貸倒損失を計上しなかった違法について
1 原判決は、貸倒損失合計二七九万一〇〇〇円を計上すべきである旨の弁護人の主張に対し、次のとおり判示した。
「所論の主張する合計二七九万一〇〇〇円の各債権について、昭和五九年中に債権放棄されたとはいえないし、同年中に回収する見込みの全くないことが客観的に確実になったともいえないことは、原判決の認定するとおりである。当審における事実調べによれば、債務者飛田薫について昭和五九年一二月一七日に破産宣告の申立があったことが認められるものの、この点によっても、右原判決の認定を誤りとすることはできない。所論の金額が昭和五九年分の貸倒損失金にあたらないとした原判決の認定は正当である。
2 原判決の違法について
(一) 所得税法第五一条二項は
「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒その他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。」
と規定している。
即ち、貸倒損失は、その損失の生じた日の属する年分の必要経費に算入することが法律によって規定されているのである。
貸倒損失が発生していないのに、発生したとして必要経費に算入することが否定されると同じように、貸倒損失が発生した以上発生した年分の必要経費に算入することに、納税者や課税庁の恣意的処理は許されず、必ず算入しなければならないのである。これを納税者側について見れば、納税者が特に白色申告者である場合には、損失の繰延などができないので、利益の調節による納税負担の不当な軽減を図るため、多額の貸倒損が発生しても当該年分の利益が少ないときは、貸倒損を計上せず、多額の利益が出た年分まで待って始めて貸倒損を計上するようなことが行われることを防止する作用も有するのであって、特に査察のように過去数年間にわたっての厳密な所得の計算をする場合には、貸倒損失の計上時期についての不正を糾し、納税者の不正な貸倒損計上時期があれば、これを否定し、貸倒損の発生した年分の損失に計上して所得計算をするのである。
大阪地裁昭和六〇年九月二六日判決(税務訴訟資料一四六号六七四頁も「貸倒金は、その損失の生じた日の属する年分の必要経費であるから、納税者がその年の必要経費に算入しないからといって、これを翌年の必要経費に算入することはできない」旨判示して、この理を説いている。したがって、被告人が右一一件の債権を昭和六〇年分の貸倒に計上していることをもって、同五九年分の貸倒とできないという理由は成り立たないのである。
次に、その貸倒損失の発生した年分について、同法上は「その損失の生じた日の属する年分」と規定しているが、「損失の生じた日」が何時かについて法は規定せず、通達にこれを委ねているが、所得税法基本通達(以下「通達」という)五一-一二は
「貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、当該債務者に対して有する貸金等の金額について貸倒になったものとしてその明らかになった日の属する年分の当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する。」(以下省略)と規定している。
通達は法源としての地位がなく、裁判所及び納税者を拘束するものではないが、それが公正妥当と見られる範囲については一般に承認されている。
右三一-一二の通達も一般的に支持されているが、判例は、これをより妥当に、より具体的に明らかにしている。
○ 最高裁判所昭和六三年一二月一五日判決(税務訴訟資料一六六号七九四頁)は、「回収することができないこととなった場合」とは、いずれの条項についても、債務者につき所在不明、破産または和議の手続開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当長期間継続して事業が衰微し、その事業の再建の見通しが立たないこと、その他これに準ずる事情が生じたことにより、債権の回収の見込みがないことが確実となった場合をいうものとした原判決は、正当である旨判示し
○ 同裁判所平成元年七月六日判決(税務訴訟資料一七三号一七頁は、所得税法上、ある年分に債権の貸倒損失の額を必要経費に計上することができるためには、その年中に債権の弁済期が到来し、かつその年中に、債務者において破産もしくは和議手続の開始、事業の閉鎖あるいは廃止、刑の執行、債務超過の状態が相当の期間継続し他からの融資を受ける見込みもなく事業を再建する見通しがないこと、その他これらに準ずる事情が生じ、客観的にみて債権回収の見込みのないことが確実となったことを要すると解するのが相当であるとした原判決は、正当である旨判示し
○ 同様趣旨の下級審判決は右各最高裁判決の原審判決のみならず、盛岡地裁昭和六〇年七月二五日判決(税務訴訟資料一四六号二八五頁)があるほか、
○ 同年一月三一日名古屋高裁判決(税務訴訟資料一四四号二〇八頁)の「いわゆる貸倒金を必要経費として計上するためには当該事業年度において、(1)債務者の資産の状況、支払能力等に照らし、客観的に債務全額の回収不能が明らかな事態に立至ったこと、または、(2)(省略)を要すると解すべきである」旨の判示も同趣旨であると解される。
例えば右各引用の最高裁判決によれば、回収不能の形式的判断基準の一つとして債務者の破産もしくは和議手続の開始を挙示しているが、通達では五一-一九に、債権者が特別の経理処理をすることの条件の下で、破産の場合はその宣告、和議の場合はその開始決定があった場合に始めて債権額の五〇パーセントの債権償却特別勘定を設定し、同額の貸倒損失を認めるとしているに過ぎないから、判例は課税庁の貸倒損失計上時期、金額に対する考え方が徴税優先に過ぎ、納税者に酷に失するものと考え、債務者の破産の場合にはその宣告を待たなくとも、破産手続の開始される破産の申立時点で、債権の回収不能として、処理することが許されべきであるとしているのであって、破産申立があった場合の実情に詳しい裁判所の妥当な判断というべきである。
この点から見ると、債務者飛田勲については、原判決及び原審弁一二号決定も認めるように昭和五九年一二月一七日に自己破産の申立があったのであるから、破産手続は同日より開始されているので、右引用の最高裁判例によれば、同五九年分の貸倒損失として計上すべきものであることが明らかである。右飛田にかかる貸倒損失を認めなかった判決の誤りは明らかである。
3 また、被告人が貸倒金に計上する時期は、必ずしも回収が全く不能になった時点で直ちに行っていたものではない。
回収が不能になったことが分っていても、貸倒れに計上するのは、次の年分に延ばすこともあったのである。
また、基本的に、債務者からの回収が全く不能になった時点で債権者である被告人方で直ちに察知できるものでもない。回収が不能になっていたということが、被告人方に知れるのは、回収不能になった時期よりも後であることは当然である。
ところで、税法は、回収不能については客観主義をとっている。主観にかからせると、貸倒損の計上時期が納税者の恣意に流れ易く、法的安定性を欠くから当然のことである。
判例も同様であることは前記引用の最高裁判決によっても明らかである。
したがって、債務者からの回収が全くできなくなった時点で貸倒計上は認められなければならないのである。後の時点でよく検討すると、回収不能になった時点が同五九年であったということが分れば、単に同年分の貸倒に計上できるにとどまらず、所得税法上は計上すべきなのである。
4 右3と関連することであるが、債権回収の見込みが不能であるこが確実になる時期は、債務者がいくばくかの金員を支払った直後において生じることもあり得るのである。
例えば前記破産した飛田勲である。
同人にかかる原審弁一三号返済金明細カードを見れば分かるとおり、同人は被告人方から昭和五八年九月二九日に金一〇〇万円を借入れて以来、ほとんど毎月、金額に増減はあってもサラ金債務者としては誠実に元利金、少なくとも利息の支払いをしていたもので、これを怠ったのは同五九年一一月分のみで、その最後の支払いは昭和五九年一二月四日になされているのに、突如として同月一七日に自己破産の申立をしているところ、同弁一二号裁判所の決定書を見ると、右飛田には約一二〇〇万円の借財があって、支払不能の状態にあることのほかに、破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないことが記録上明らかであるとして、破産宣言と同時に破産廃止決定までなされていることが認められる。
このようにサラ金債務者が支払不能すなわち債権者から言えば、債権全額が回収不能の状態になることは、サラ金債権者に対するいくばくかの金員支払直後にも発生するのである。
弁護人が主張している前記一一件の貸倒分については右飛田の分も含めて、全員が原判決認定のとおり同五九年一一月ないし一二月の支払があった後は、何らの支払もない上、一審弁二号、三号、五号、六号によると同年一一月ないし一二月中に右飛田を除く債務者全員の所在が不明になっている事実が認められる。
債務者の所在不明は回収不能の形式基準の一に該当することは前記昭和六三年一二月一五日の最高裁判決の示すところであり、これに加えて右諸般の事情を考慮すると、右債務者らは同五九年中に支払不能、すなわち被告人からは全額回収不能として貸倒損失を計上すべき事実が明らかである。
したがって、右飛田以外の債務者一〇名分についても同五九年中の貸倒金に計上しなければならないことも明らかであり、これに反する原判決の判示は前記各最高裁判決に反し、その誤りも明らかである。
5 原判決は一審判決を全面的に支持しているが、一審判決は必要経費の計上の可否について被告人に立証責任があるかのような判示をしている。
弁護人が、同五九年中に回収不能になった可能性のある債務者を指摘して、同人に対する債権の貸倒れを主張すれば、その可能性がないことを検察官において立証する責任があることを原判決は失念しているようである。
第三 被告人の妻からの借入金に対する支払利息を必要経費に算入しなかった違法について
一 原判決は、弁護人が、被告人が同人の妻女から借り入れた金員の支払利息についてこれを必要経費に算入しなかったのは憲法一四条一項、一三条に違反するとの主張に対し、
「妻からの借入金に対する支払利息が被告人の事業所得の必要経費にあたらないことは、所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)五六条の規定に照らして明らかである。同条は配偶者らが事業者から給与ないしこれに準ずる所得の支払を受ける場合にのみ適用されるべきであるとの所論は、独自の見解であって採用することができない。また、所論のように解さなければ同条は憲法一四条一項、一三条に違反するとの主張も、原判決の補足説明のとおり理由がないというべきである。従って、原判決の法律解釈に誤りはない。」旨判示した。
二 しかしながら、右判示は以下述べるとおり法律の解釈を誤り、ひいて憲法に違反するものである。
1 そもそも、所得税法(以下「法」という)五六条の規定中、居住者と生計を一にする配偶者らが居住者の営む事業に従事したことその他の事由により、当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は必要経費に算入しない旨の規定は、給与所得ないし、これに準ずる所得となる金員を配偶者らが受ける場合に限定されるものと解するか、少なくとも憲法に抵触しない範囲に限定するのが相当であり、もし、本件のような支払利息まで必要経費に算入できない旨の規定であれば憲法第一三条及び第一四条一項に違反し無効な法律である。
(一) すなわち、法五七条は、同五六条を受けて、給与の支払を受ける場合には、一定の手続き、条件のもとに、支払者の必要経費に算入する旨規定している。
したがって、同五六条は、納税者によって恣意的にその金額が決定され易く、しかも、その金額の当否について判定し難い納税者から給与ないしこれに準ずるものとして支払を受ける配偶者らに適用されるものと解すべきであって、このように解さなければ次の理由により同五六条の規定は違憲となる。
(二)(1) 憲法第一四条第一項は
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
旨規定している。
納税者と生計を一にする配偶者らに対する支払について、納税者については必要経費に算入しないこととし、配偶者らについては、その所得がなかったことにする旨の法五六条の規定が本件支払利息に適用されるのであれば、それは、「納税者(居住者)と生計を一にする配偶者ら親族という社会的身分により政治的に差別するものであるとともに、我国における世帯主なり納税者が、事実上夫である男性であることに鑑みると、この場合の配偶者は妻である女性であるから、女性を経済的に男性に従属させる立法であり、性別による政治的、経済的差別である。
(2) また、憲法第一三条は
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。
旨規定している。
法五六条の規定を原判決が支持する一審判決のように解すると、まず、被告人の妻は個人として尊重されないことになる。支払利息を受けても、その財産を得た者として取り扱って貰えないのである。
生計を一にしようが、生計を別にしようが、個人として変りはないのにである。
被告人の妻に対する被告人の利息支払を、被告人の必要経費に算入し、被告人の妻が受けた利息について所得者となることが公共の福祉に反するところはない。
次に、幸福追求には当然経済的利益追求も含まれる。生計を一にする妻から資金を借り、利息を支払って営業する納税者に対して、その支払利息を必要経費と認めないのは、一方で納税者の経済的利益追求に対する国民の権利を害し、他方生計を一にする配偶者らの権利を害するものである。当該納税者としては、金融機関ないし他人あるいは、生計を一にしない妻から金員を借り入れてこれに利息を支払った場合と、生計を一にする妻から金員を借り入れてこれに利息を支払った場合の経済的負担は同一である。一方はこれを必要経費に算入でき、一方は必要経費に算入できない合理的根拠はない。
原判決の支持する一審判決は、生計を一にする配偶者らに対する納税者の対価の支払いを容認すると事実と相違する対価の支払いを仮装し、脱税が横行するであろうから、これを防止するため必要な規定であると主張する税務当局の立法理由を根拠とするが、それは生計を一にしようが別にしようが関係はない。
親族間で事実と相違する取引を仮装することは、生計を一にしない者の間でもよくあることで、これについては法一二条(実質所得者課税の原則)の規定を活用して税務当局において一般納税者に対しては適切ないし適切以上に厳しく対処しており、生計を一にする親族のみを別異に取扱う必要はない。
(3) 生計を一にする配偶者らに対する支払利息等対価の支払いは現在の社会状況の下では、必要経費に算入することを当然認めなければならない。
例えば、近時相続において、他人の妻となった者も、その実父母が死亡すれば、その遺産について兄弟同様平等の権利を主張し、女性が結婚後、相当多額の財産を相続する例は多い。
仮に、夫が、生計を一にするけれども財産は別にする妻(最近この傾向は著しい)から、妻が実父の死亡により相続した財産の金員を借りて一千万円の収益(利息支払前)をあげ、妻に銀行借入率と同率の計算で四〇〇万円の利息を支払ったとする。
原判決認定のとおり法五六条を解するとすると、夫は実際の所得が六〇〇万円しかないのに、一〇〇〇万円の所得があったとして、累進税率の適用を受け、同所得相当の所得税を支払わねばならない。
一方、妻は四〇〇万円の利益収入があっても申告し、納税をする義務はないが、四〇〇万円の所得があったとできない。
したがって、妻は自分の財産を持つことを不当に制限されるし、例えば一定の所得があることを条件とする団体に加入したいと思っても、税務署は所得証明を出してくれない。
これが、同居していても生計を別にしている夫婦なら、夫は支払利息を必要経費に算入でき、妻は支払利息による所得があることを証明して貰える。
どういう理由でこのような差別が正当化できようか。
法五六条を原審判決のように解することが現代社会において、いかに公平を欠き、不公正な結果を招き、憲法に違反するかは右の例によっても明らかである。
原判決の判断は、旧憲法、旧民法の下での戦前の生活形態であれば、おおかたにおいて社会的妥当性が認められるであろうが、現憲法の下における現在の社会情勢には適合しない。
法律は社会の変化に応じて、妥当な解釈が求められる。社会情勢に適合しない解釈を固執し、それが憲法に違反することになれば、その法律は無効と判断するのが相当である。
原判決のこの点に関する判示は憲法一四条一項、一三条に違反するから、原判決は取消されるべきである。
第四 結び
以上いずれの点からも原判決はこれを破棄すべきものであるから、これを破棄し、正当な裁判を求めた本件上告に及んだ次第である。
以上
別紙1
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙2
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙3
<省略>
税額の計算
<省略>
別紙4
別紙一覧表(1)
約定利息入金回数別法定利率による貸付元金残高調
<省略>
別紙5
別紙一覧表(2)
約定利息入金回数別、未収月数別、未収利息、(法定)金額調
<省略>
平成五年(あ)第九九四号
上告趣意書補充書
所得税法違反 被告人 小林正雄
右被告人にかかる頭書被告事件について先に提出した弁護人らの上告趣意書を左記のとおり補充、訂正します。
平成七年一月六日
右被告人弁護人
弁護士 豊島時夫
最高裁判所第一小法廷 御中
記
弁護人は先の上告趣意書において、原判決が本件事犯について刑法第六条を適用しなかったのは税法の解釈適用を誤った違法がある旨主張したが、記載内容を次のとおり整理、補充する。
一 上告趣意書八頁末行の「減少を生ずる規定である」の次に「から、刑法六条にいう犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるとき、に該当するので、いわゆる罰則についての経過規定がないと、新旧両法を比照し、その軽きものを適用すべきであるとすること判例である」を加える。
二 同趣意書九頁一〇行目「脱税事犯については、当然右改正後の罰則が適用される」とあるのを「所得税額は所得金額が同額であっても減少する」と改める。
三 同趣意書一一頁の一三行目と一四行目の間に次の字句を加える。
「法一〇九号によって税額、ひいて罰則に変更があったのであるから、罰則についての経過規定がなければ刑法六条を適用すべきであることは当然である」
以上